今回のテーマ「木材」のサイエンス
日本は森林率が国土の約7割を占める森林大国。OECD加盟国37か国中ではフィンランド、スウェーデンに次いで3番目に高い森林率です。この豊かな資源を木材以外の用途で活用する技術に注目が集まっています。新たな木の可能性について紹介します。
「樹々は、この溢れんばかりの過剰を、使うことも享受することもなく、自然に還す。動物はこの溢れる養分を、自由で嬉々とした自らの運動に使用する」これは18世紀のドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの言葉です。一次生産者としての樹木(植物)が、太陽のエネルギーを光合成によって有機物に変え、それを、惜しみなく虫や鳥たち、あるいは動物に与え、一方で、水と土を豊かにしてくれたからこそ今の私たちがあるということを意味しています。
生命の循環の核心をここまで過不足なく捉えた言葉を私は知りません。生命は利己的ではなく、本質的に利他的なのです。その利他性を絶えず他の生命に手渡すことによって、私たちは地球の上に共存しています。また、この地球に酸素が増えたのも、植物の作用によるものなのです。
番組でも触れたように、日本は、森林率が国土のおよそ7割もある森林大国。つまり木材においてはとても大きな資源国です。かつて林業は日本の主要産業の一つでしたが、安価な輸入木材に押され、いつしか山林は放置されてしまうようになりました。
この豊かな資源に、今、再び注目が集まりつつあります。
木材の主要成分は、リグニンやセルロース、ヘミセルロースといった植物性繊維の有機化合物です。丈夫で、長持ち。その上、もともと大気中の二酸化炭素が原料となって光合成されたものだから、木材の利用は、カーボンニュートラル(捨てられたり、燃やされたりしたとしても、実質上、大気中の二酸化炭素を増加させず、差し引きゼロ)なので、環境にも優しいのです。
課題は、いかにして森林資源を利用するか。
長らく木材として利用する以外の方法が見つかりませんでした。
丈夫で、長持ちするがゆえに、プラスチックのように簡単にかたちを変えることが難しかったのです。それが近年、リグニンやセルロース、ヘミセルロースなどを原料に、これを自由自在に成型するテクノロジーがどんどん開発されてきました。番組で紹介したような変形法や成形法の他、粉末化したものを固めたり、木質を流動化するイノベーションが進展しています。
森林資源の維持管理には絶え間ない手間暇が掛かります。
昔は、奥山と農地のあいだの緩衝地帯として森林が人手によって上手に維持されてきました。それが里山です。絶えず間伐が行われる結果、太陽光が林床に差し込みやすくなり、幼木や下草が生えやすくなるのです。これが森林の動的平衡(新陳代謝)を促進することになり、また野生動物と人間界のあいだのバリアーにもなっていました。獣害の問題は、里山が消失してしまったことにも原因があります。
木材利用が活性化され、再び里山の維持が行われるようになれば、森林資源の循環サイクルが回りだし、健康な森林が守られることになるのです。